中国が初の原発白書
福島原発事故の直後から原発建設に慎重だった中国が
昨年来、発展途上国を巻き込む形で原発推進に拍車をかけている中で、
2016年1月末に初の「原子力白書」を発表しました。
初めて発表された原子力白書
「本物なの?」…。中国の国務院新聞弁公室が1月27日、中国で初めてとなる原子力白書を発表すると、日本の関係者から衝撃の声が上がりました。
これまで、中国が原発の全体状況が判るような情報を公表するようなことは、なかったからです。
さらに、発表が国家原子力機関主任・国家国防科学技術工業局長・国家原子力事故緊急調整委員会副主任委員の要職に就く許達哲氏によるものとわかると、
「発表は本当だ」と、秘密に覆われていた中国原発のベールが薄れていくような期待を与えました。
これまで中国は、原子力発電の全貌が判るような情報を公開したことがありません。 どこで原発建設を始めたとか、世界最新の設備が完成したとか、発電能力がアジア最大であるとか、国威発揚を狙った発表がほとんどで、
原発の運営で最も大事な放射能が漏れたなどの事故情報は、ほとんど表に出てきませんでした。
放射能漏れなどの事故情報が外に出るのは、香港でのモリタリングで発覚するパターンだったのです。 中国が、世界で30番目の原子力発電国となったのは、1995年に泰山原子力発電所1号基(32万kW)が商業運転を開始したとき。
少し遅いように思われますが、中国の原子力開発は、世界で有数の歴史があります。
軍事利用では、1964年に核実験を成功させた核保有国です。原子炉の研究は1973年にスタートさせ、1985年に商業炉を建設し、 1991年には試運転にこぎつけ、1995年に泰山原子力発電所の商業運転を始めました。
この商業運転を皮切りに、原発を「段階的に建設する」方針を掲げ、2000年に入ると、「積極的に発展させる」と方針を転換、 さらに2009年には「強力に発展させる」と政策を格上げし、原発大増設に乗り出しました。
ところが2011年の福島原発事故で原発建設をいったん凍結しました。 中国の原発技術はフランス、日本、ロシア、米国と多岐にわたり、技術思想が統一されていないなど、安全面が危惧されたからです。
「原子力強国」を宣言
中国の原発は国産を自称していても、基本設計や、最も重要な圧力容器、蒸気発生器などは、フランスのアルバ、ロシアのアトムネフチ、 東芝・米ウエスチングハウス、カナダのCANDUなどと外国製です。
しかも、その技術をベースに開発した、別々の原子炉技術の良いとこ取りをした原子炉を開発。これを純国産として、力を入れていたのです。
そうした問題の見直しを経て建設が再開されて、2015年10月までに27基、2550万kWの原子炉が稼働。
さらに、建設中の原子炉は25基、2751万kWと、原子力発電大国になっています。 これでも、世界第2位となった中国経済の規模とエネルギー消費量から見れば、電力の供給力は十分でなく、原発の大増設が必要だと言います。
原子力白書によると、2020年までに原発を5800万kWにまで拡大し、2030年には、世界最大の「原子力強国」になると宣言しています。
安全確保や啓蒙活動に言及
原子力白書は、前文と本文、終章の3部分から構成され、全文は約2万字、核事故への緊急基本体制、緊急対策方法、緊急演習訓練、最新技術の啓蒙、
緊急国際協力などに及んでいます。
在中の原子力関係者によると、「安全リスク、安全対策など当然のことを謳っているにすぎないが、 それでも核の緊急時に向けて安全確保や啓蒙活動に言及しているのは革新的」と評価しています。
原発情報の公開を閉ざしてきた中国がなぜ、ここにきて安全をテーマにした原子力白書を発表したのか、指摘される理由は3つです。
まず、北朝鮮の核ミサイル発射との関係です。北朝鮮は数年以上前から、原爆を保有することが国家存続の唯一の道であるがごとく、 友邦の中国から反対されても、核開発に挑戦し続けています。
ところが、すでに原爆の技術を完成させ、核の平和利用を宣言している中国にとって、戦争準備を意味する兄弟国・北朝鮮の核ミサイル発射は、 中国も同様と連想され、迷惑そのものです。
二つ目は、原発輸出の拡大のためです。
習近平時代の減速経済の中で、中国が輸出を拡大するためには、産業の高度化を象徴する新幹線や原発の輸出が欠かせません。 原発の輸出は、新幹線同様に国家悲願に格上げされているのです。
早くから中国核工業集団(CNNC)がパキスタン、南アフリカに原発を輸出してきたことは知られていますが、 これはビジネスと言うより、実証実験を海外で行ったというレベルのもの。
こうした段階が終わり、今は目覚ましい勢いで輸出に拍車をかけています。
これまでにアルゼンチン、英国に続き、ケニア、ルーマニア、ベトナムを始め「一帯一路(新シルクロード)構想」途上の 約60ヵ国で200基以上の原発建設を計画していると推定されていて、「安全神話」は不可欠です。
それで、「原発白書」が必要だったのです。
新たな原子力強国宣言
三つ目は、原発新時代を迎えたからです。
中国では、大変な勢いで原発が建設されています。
これまでなら、地方政府が「原発はエネルギー不足を補いCO2を発生させないクリーンなエネルギーである」と説明すれば住民の納得が得られました。
しかし、インターネット時代はそうなりません。情報公開がなければ、原発の用地買収から安全問題を含めて中国全土で大問題になるに違いないでしょう。
共産党独裁であっても、安全をないがしろにしたら、原発建設は難しい時代になったのです。
白書は安全を強調したものですが、中国が原発大国になっても、安全は担保されません。
心配なのは、“もしもの時”に命がけで対策に当たる「原発教育とシステムの構築」が不可欠という魂が、見えてこないことです。
同時に、この白書は、新たな原子力強国宣言であることが注目されます。
一ツ橋史郎(ジャーナリスト)
月刊『食品と暮らしの安全』2016年3月号No323 より(記事全文)
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