母乳中のダイオキシン類とPCBの比較
アジア途上国のヒト母乳中有機塩素化合物汚染がどの程度なのかを理解するため、1990年代に報告された他国の残留値と比較してみました。
これらの2つの図は、ダイオキシン類とPCBsの母乳中濃度の世界比較を行っております。
一般に、ダイオキシン類の残留レベルは途上国で低く、先進国で高いといわれておりました。しかしながら、インドのゴミ集積場周辺住民から採取した母乳中ダイオキシン類残留濃度は、他の途上国より明らかに高く、先進諸国と同レベルの高い値でありました。
過去、ダイオキシン類の汚染は先進国の問題で、ベトナムの枯葉剤や台湾のユンチェン事件など特異な事例を除けば、発展途上国はダイオキシン類の汚染や問題はないものと考えられていました。
しかしながら、ここで示したように、いくつかの途上国の都市ゴミ集積場はダイオキシン類の重要な発生源であることが明らかになりました。
右の図に示しますように、アジアの途上国のヒト母乳中PCBs残留濃度は、先進国や旧社会主義諸国に比べ低い値でありました。
全体的にみて、インドのゴミ集積場を除くと、ヒト母乳中のダイオキシン類とPCBsの残留濃度は発展途上国で低くなっていました。
母乳中TEQとPCBs残留濃度の世界比較
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母乳中のDDTとHCHの比較
これらの2つの図はDDTsとHCHs残留濃度についてみたものです。
この図で明らかなように、先進国に比べ、発展途上国と旧社会主義国の母乳における有機塩素系農薬残留濃度は、きわめて高い値であることがわかりました。
母乳中DDTsとHCHs残留濃度の世界比較
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母親の年齢・子どもの数が母乳中の残留濃度に及ぼす影響
以前の研究で、母乳中の有機塩素化合物残留濃度は、母親の年齢や、子供の数、授乳期間など様々な要因に影響を受けることが報告されています。
そこで、本研究で比較的高濃度で検出された有機塩素化合物の残留濃度と、母親の年齢、子供の数との関係をみてみました。
左の2つの図は、ダイオキシン類とDDTsの残留濃度と母親の年齢との関係をみたものですが、両者の間に明瞭な関係はみられませんでした。
そこで、子供の数との関係をみたところ、子供の数が増えるに従って、母乳中のダイオキシン類とDDT残留濃度が減少していました。
このことは、有機塩素化合物が授乳を通して有意に体外に排出されており、結果として母親体内中の負荷量が低下していることを意味しています。
このことから、第一子は母乳を通して高濃度の有機塩素化合物暴露を受けており、これらのリスクが比較的高くなることが考えられました。
母乳中TEQとDDTs残留濃度に及ぼす母親の年齢と子供の数の影響
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ダイオキシン類、HCH, DDTの一日摂取量
それでは、次に母乳から乳児へのダイオキシン類、HCHs、DDTsの一日摂取量について説明したいと思います。
この図は、横軸に国名を縦軸に有機塩素化合物の一日摂取量を示しています。
なお、一日摂取量は、乳児が一日700mlの母乳を飲み、体重が5kgであると仮定して算出しました。
この結果、ダイオキシン類の一日摂取量はすべての国において、1998年にWHOが定めたTDI値(一日許容摂取量)を越えていました。
また、インドのHCHsは、1996年にカナダ・厚生省が定めたTDIを超えておりました。
母乳中TEQ、HCHs、DDTs残留濃度から見積もった
乳児の一日摂取量
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ダイオキシン類と甲状腺ホルモン
POPsの毒性影響を評価するため、母乳中ダイオキシン類濃度を、母親の血清中甲状腺ホルモンやビタミンAレベルと比較してみました。
こちらのスライドに示しますように、すべての甲状腺ホルモンの指標と残留濃度の間に有意な関係はみられず、ダイオキシン類が甲状腺ホルモンに及ぼす影響は小さいものと考えられました。
ヒト母乳中TEQ残留濃度と血清中甲状腺ホルモン濃度の関係
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ダイオキシン類とビタミンA
しかしながら、こちらに示しますように、カンボジアとインドの母乳中ダイオキシン類濃度と母親の血清中ビタミンA濃度の間に有意な負の関係がみられました。
これは、多分、ダイオキシン類によって、ビタミンAの代謝が促進された、もしくはビタミンAの生合成が阻害されたことを意味しています。
ヒト母乳中TEQ残留濃度と血清中ビタミンA濃度の関係
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ダイオキシン類の暴露によるビタミンA減少のメカニズム
ダイオキシン類は、特定のビタミンAの代謝経路を促進します。すなわち、ビタミンAの活性化代謝物であるレチノイン酸を生成しやすく、代謝物のバランスを崩します。
実験動物では、このレチノイン酸のバランスが崩れることにより、成長阻害や皮膚障害、奇形が起こることが指摘されております。
ダイオキシン類暴露による血清中ビタミンA減少のメカニズム
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私どもが調査した時に、ゴミ集積場周辺のスラムでは、様々な奇形や疾病がみられました。
この写真の子は、指に奇形がみられます。
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また、この方は、脚にみられます。
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また、この男の子のように知能障害がある子供もいました。 |
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この子は、手と足に異常がみられています。
もちろん、私どもは、現在のところ、これらの異常の原因を解明しているわけではありませんので、はっきりしたことは言えませんが、これらの異常に、ゴミ集積場由来の汚染物質の毒性影響が一因となっているのではないかと考えております。
ゴミ集積場周辺住民において、更なるPOPsのモニタリング調査とともに、疫学的な調査を行うことが必要と考えられます。
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まとめ (1)
それでは、以上の結果をまとめます。
はじめの3つのまとめとして、アジア途上国のヒト母乳もPOPsによって汚染されておりました。なかでも、インドのゴミ集積場周辺住民は、ダイオキシン類や有機塩素系農薬により高濃度暴露を受けていることが明らかになりました。
まとめ (2)
また、第一子は母乳を通して比較的高濃度のPOPs暴露を受けるため、これら物質のリスクが比較的高いものと考えられました。
途上国の乳児に対するPOPsの一日摂取量は、一部の化合物でTDIを越えていました。
最後に、母乳中ダイオキシン類のTEQと血清中ビタミンAレベルに有意な負の関係がみられました。このことは、ゴミ集積場の住民がダイオキシン類の影響を受けている可能性を示唆しております。
昨日、私が報告したように、マレーシアのゴミ集積場でもダイオキシン類による高濃度汚染がみられています。このことは、今回調査した国以外でも、同様の汚染が拡がっていることを意味しており、アジアの途上国における更なる調査と、PCBsやダイオキシン類などPOPs排出源対策の必要性を示しています。
ご清聴、ありがとうございました。
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