シャチはシンボル的存在である。多くの人は、擬人的ラベル付け、神秘化、その美しさ、崇拝の文化、科学―あるいは、単なる不思議−の結果として彼らに深い関心を持っている。
ブリティッシュコロンビア州沖の北東太平洋はおよそ700頭の、3種類から成るシャチの生息域である。この海域は世界で最も多くシャチが生息しているエリアであると考えられている・・・しかし、北東太平洋のシャチ達は困った状況に陥っている。船の運航の影響、食料問題、そして重要性の高い問題としてPOPsの生物濃縮の懸念がある。
http://atlas.gc.ca/site/english/index.html
シャチに蓄積したPCBについての最近の調査では、シャチは世界中の海洋哺乳類のなかで最も汚染された動物の1つであることが確認された。シャチの年齢、生息海域、食物連鎖上の地位などによって生物濃縮の割合を考察するために、3種類のシャチについての30年以上に及ぶ研究の見地から、データが解釈されている。世界中に存在するPCBs源の影響に関しても、北太平洋のシャチへの懸念がある。
これらのシャチの直接的な「観客」は1年に数千人にも上るクジラウォッチャー達である。ブリティッシュコロンビア州の主なシャチウォッチング会社では、年間の総観客数10,000人のうち50%は海外から来ている、としている。間接的な観客、つまりシャチを巡るメディア報道に惹きつけられている人々は数知れない。
「シャチの力」の証拠は次のような例に見て取れる
- 一匹狼として生きているシャチA73の再紹介(30‐47万USドル)やケイコ(シャチの名)プロジェクト(2億USドル)のような、大規模な感情的かつ金銭的な投資。
- アメリカ鯨類団体(American Cetacean Society)による「クジラにやさしい芝生」
(Whale Friendly Lawn)キャンペーンの成功
後者は、シャチへの関心がいかに態度や行動の変化に結びついたかを、はっきりと示す好例である。
ある海洋教育者の見解:このようなカリスマ的動物の生物濃縮のデータをこのように多くの人々と共有することは、地球規模でのPCB管理の必要性の理解を促進させる、非常に強力な道具を用いていることになる。
この文章の、カナダのPCBに関する情報は、シャチをPCBsの生物濃縮の指標として扱った研究のレビューに基づいている。これは、カナダのPCBsの現状を十全に査定し、「教育的メッセージ」を評価するためである。
カナダのPCBs
カナダは1977年にPCBsの使用、輸出入を禁止した。それからは、完全に閉鎖されたシステムにおいての使用のみが許可されている。カナダでPCBsが生産されたことは一度もない。しかし、禁止以前に40,000トンのPCBsが国内に輸入されたと推定されている。1986年、資源と環境大臣達のカナダ委員会(the
Canadian Council of Resource and Environmental Ministers)はレポートで「24,000トン余のみ把握が可能・・・残りの16,000トンのPCBsのほとんどは様々な形態で環境中へと失われたと考えられる」と報告した。
任意の「カナダにおいて使用中のPCBsおよび保管されているPCB廃棄物の国の目録」(National Inventory
of PCBs in Use and PCB Wastes in Storage in Canada)は、2001年12月31日付けで10,038トンのPCBsが未だに使用中で、106,070トンが26の廃棄物保管場において保管中であると報告している。懸念は、未だに使用されているPCBsを含む閉鎖系の機器がその耐用年数に達する(1977年から30年)ことである。
カナダには、自国で開発されたGPCR(ガスフェーズ化学処理,ELI Ecologic International)やナトリウム除去処理法(Powertech)などの非焼却技術が存在するが、PCBsの処理に使われている主な技術は焼却である。
カナダは国連環境計画POPsに関するストックホルム条約(United Nations Environmental
Programme [UNEP] Stockholm Convention on POPs)に署名、批准した最初の国である。しかし、カナダは効果的な浄化の必要性に直面している。国としての実行計画はまだないが、Environment
Canada(カナダ環境省)はCEPA(カナダ環境保護法)に、2008年を全てのPCBsの段階的廃止の期限として定めるよう、法改定を提案している。ストックホルム条約については、カナダは、第25条第4段落に定められた、締結国は条約に将来新たなPOPsが追加された時、それに束縛されることを免れるというオプションを、取らないことに留意されたい。
カナダのPCBsを扱う際の厳しい現状とは
- 広大な土地面積
- 長距離早期警告ライン(Distant Early Warning [DEW] Line)の浄化
- 世界各地での環境への放出と移動の結果として、遠方のPCBsが北緯の高い地域に集まり濃縮すること
- その海洋環境
土地面積
カナダは世界で2番目に大きな国であり(9,984,670km2)、PCBs除去は簡単ではない。PCB保管場は多数存在し、焼却施設への長距離輸送は大きな懸念である。
http://atlas.gc.ca/site/english/index.html
DEW ライン
長距離早期警告ライン(The Distant Early Warning Line)は、カナダ内で対策を取らねばならない大きな環境的障害である。DEWラインはアラスカ、カナダ
、グリーンランドの北緯66度線上にほぼ位置する63のレーダー基地で構成されていた。これらの基地は、冷戦時代にソ連から爆弾やミサイルが北アメリカに打ち込まれた場合に警告を発するために、建設された。1952年に始まり、42の基地がカナダに建設された。1962年には、技術の進歩とソ連との関係の改善により、半数の基地はその任務を解かれた。
基地を建設したときには、政府にはPCBs使用に関する配慮はなく、推定30トンのPCBsが使用された。PCBsはラジオ機器や発電機、塗料などに使われた。DEW
ラインの廃止に伴って、PCBsは環境中に漏れ出る可能性とともにとり残された。Nunavutにあるレゾリュ−ション島のレーダー基地では、8,000ppmに上る高レベルのPCB汚染が確認された。
レーダー基地は、アメリカによってカナダの土地に建設されたものであったので、除去の責任の所在は大きな問題になっていた。1996年6月、合意がようやくなされたが、その内容は、アメリカが今後10年以上にわたって1億USドルを提供するが、軍備ハードウェアの形で提供するというものだった。極北とカナダ連邦政府の間に除去に関する合意ができたのは、つい最近で1998年7月のことである。国防省と、先住民と北域関連省(INAC:Department
of Indian and Northern Affairs Canada)は21の基地に関して、それぞれ管理者となっている。しかし、2002年の時点では、たった10の基地しか浄化されておらず、PCBsに汚染された基地がまだ多く残っている。
Dewline-www.taiga.net/issues/dev3.html
世界各地での放出と移動
さらに、カナダ特にカナダ極北地域では、POPsの世界各国での放出と移動がとても重大な懸念である。世界各地での放出と移動は、POPs
がいかに温かい地域から寒い地域へと長距離移動するかを説明する仮説である。環境中の化学物質は、温かい地域で蒸発し、風によって運ばれて、より寒い地域で濃縮するという、蒸発と濃縮のサイクルを複数回繰り返すようである。寒い北の地域では、蒸発率が小さいのでPOPsが溜まってしまう。蒸発と濃縮の複数のサイクルにちなんで、この現象はバッタが飛び跳ねて移動する状態に似ていることから「バッタ現象」(”grasshopper
effect”)と呼ばれている。
この効果によって、カナダの極北は世界中のPOPsの溜まり場と化し−そして生物に影響を与えている。PCBsは脂肪に溶ける性質をもっており、分解されにくいので動物の細胞に蓄積する。生物を直接死に至らしめることはないが、生体内蓄積を通じて免疫機能と生殖機能を圧迫し、ホルモン機能を撹乱し、骨格の奇形を生じさせる。
世界各地での放出と移動とイヌイットの伝統食(アザラシの脂肪)は、カナダの極北の生体濃縮の度合いを悪化させている。カナダ南部の女性の母乳は懸念を要するレベルである170ppmのPCBsを含有していたが、イヌイットの女性の母乳は1210ppmという衝撃的なレベルのPCBsを含んでいた。このことは、カナダが全世界のPCBs管理のリーダーとなる緊急的な必要性を表している。
バッタ現象 - http://www.ec.gc.ca/air/fact_north_e.html
海洋環境
カナダは90,908kmという長大な海岸線を有しており、その海洋環境に多くを依存している。後述の、世界規模でのPCBs源を考慮した警告は、海流に乗って、そして生物学的には長期的な食物連鎖によって、それらがカナダに運ばれてきていることの結果である。この文章では以後、シャチがどのような意味においてカナダの海洋環境からの「使者」であり、どのようにして生物濃縮の指標となったかにハイライトをあてていく。
Ice fishing - http://www.itk.ca/english/itk/departments/enviro/ncp/index.htm