油に隠された危険
「プラスチック化」された油脂=トランス脂肪酸
月刊誌記事から>大塚陽一氏インタビュー(2005年5月 No.193)
聞き手:編集部
大塚 陽一氏:
日本のオーガニックフード流通の最前線を経験。
現在ダーボン・オーガニック・ジャパン(株)
のコーディネーターとして活躍中。
日本で知られていない「トランス脂肪酸の有害」
について普及活動をしている。
●腐らない油脂って安全?
編集部 バターより健康的と一般的には考えられているのがマーガリンですが、別名「プラスチック食品」と呼ばれているそうですね。
大塚 フレッド・ローの「マーガリン大実験」という有名なエピソードがあるからです。 彼はアメリカの有名な自然派運動家でしたが、1965年から73年まで自然食品店を経営。そのときに、サンフランシスコの常連客である食品工業の技術者から「水素添加した脂肪分子は、プラスチックそっくり」、脂肪専門の化学者たちは水素添加を「オイルをプラスチック化すると言う」と、聞かされたそうです。
そこで、マーガリンを放置する実験を行い、プラスチック同様に虫などをまったく寄せ付けなかったことから、マーガリンは「プラスチック食品」という結論に達したのです。
編集部 同じ実験をしてみたいですね。
大塚 最近日本でも上映されたアメリカのドキュメンタリー映画、「スーパーサイズ・ミー」。監督自らファストフードを1ヵ月間食べ続け、何が起こるかを実験した映画ですが、このDVDの米国版に、
特典映像として、2ヵ月間常温放置しても腐ることのないフライドポテトの映像が収録されているそうです。
編集部 それも油が問題ということですか?
大塚 そうです。プラスチック化された油でコーティングされていたからと考えられています。
編集部 つまり、揚げ油に水素添加した油を使用していたということですか?
大塚 植物油脂は、不安定で老化・酸化しやすく、日持ちが悪いという欠点があります。しかし、脂肪分子に水素原子を加えることによって、変質・劣化しにくくなるのです。
そのため、外食産業や加工食品では、液体の、普通の植物油脂を使えばいい調理にまで、水素添加した固形油脂を使用し、保存性を高めようとする傾向があります。
●植物油を化学処理して誕生
大塚 油脂にはラード(豚脂)、ヘット(牛脂)やバターなどの動物性の脂と、ナタネ油、大豆油などの植物油があります。 動物性の脂は融ける温度(融点)が高く、常温で固体になります。これは、「飽和脂肪酸」を多く含み、分子の結合が強く、安定しているからです。この飽和脂肪酸を過剰に摂取すると、肝臓で悪玉コレストロール(LDL)の生成を促進して、血中コレストロール値が上がり、心筋梗塞・脳卒中を引き起こす動脈硬化や胆石の原因になります。
また、常温で固体になるため、体内でも凝固しやすく、血液の粘度を高めていわゆる「ドロドロ」の状態にします。
編集部 だから、バターより植物性のマーガリンの方が、健康にいいような錯覚を起こすのですね。
大塚 そうです。植物性の油と、イワシ・サバなどの青身魚の油は融点が低く、常温では液体です。
これは、動物性の脂とは逆に、「不飽和脂肪酸」を多く含んで、分子の結合が弱く、安定性が低いからです。
この不飽和脂肪酸は、血中コレステロール値を下げる作用があります。また、常温で液体なので、体内で血液をいわゆる「サラサラ」の状態に保ちます。
当然、多くの人が動物性油脂より植物性油脂を求めます。ところが、パンや菓子などの加工食品には、常温で固体の油脂が欠かせないのです。
そこで登場したのが、マーガリンやショートニングといった、植物性油脂を化学処理し、常温で固体を保てるようにした製品です。この化学処理が「水素添加」と呼ばれる方法で、不飽和脂肪酸の水素が足りない場所に強引に水素を結びつける方法です。
こうして出来たものがトランス型脂肪酸で、これは安定した構造を持っているので、常温でも固体で、酸化しにくく、保存性が高いのです。この構造がプラスチックそっくりというわけです。
●コレステロール値に悪影響
編集部 植物油を原料にしているけど、天然のものではないということですね。
大塚 本来、動物性油脂にはトランス脂肪酸がわずかに含まれて、植物性油脂には含まれないのです。それが多く含まれているわけです。
水素添加して人工的に作られたトランス脂肪酸は体内で代謝されにくい構造になっていて、悪玉コレステロール(LDLコレステロール)を増加させるだけでなく、善玉コレステロール(HDLコレステロール)を減少させてしまう働きがあることも、明らかになってきています。これは、心臓病などの疾患を引き起こす要因になります。
また、脂肪酸は細胞膜を構成する物質ですが、トランス脂肪酸で形成されるとその細胞膜は弱く、免疫機能が低下することも指摘されています。
編集部 植物性なら健康に良いと信じていた人にとっては、ショッキングな話ですね。
大塚 多くのファストフード店や惣菜のお店で水素添加された油脂は、ショートニングの表示で利用されています。
フライヤーの中に入ってしまえば、液体化するので、まさか固体の油脂が使われているなんて、と驚かれるかもしれませんね。
編集部 厨房でどんなものが使われているのか、客はよく分かりませんものね。外食産業だけでなく、加工食品にも多く使われているということですが…。
大塚 先ほども言いましたが、酸化しにくい、保存性がいいということで、ポテトチップスやスナック菓子、菓子パン、カレールー、レトルト食品、コーヒー用ミルクやアイスクリームなどと、本当に多くのものに使われています。
編集部 加工食品の原料になることが圧倒的に多いとなると、避けようとしても避けられなくなりますね。
大塚 マーガリンやショートニングでも、水素無添加の製品ができます。私たちダーボングループは、有機JAS認定のパームオイルを原料として製品化しています。この製品はトランス脂肪酸の心配はありません。しかし、トランス脂肪酸に対する消費者の関心が集まらなければ、普及は難しいでしょう。
問題は、表示がされていないことではないでしょうか。日本で売られている加工食品には、植物油脂という曖昧な表示しかされていないのですから。
トランス脂肪酸を含む食品を避けるためには、消費者への情報公開が必要不可欠なことだと思います。
●欧米では製造規制や表示義務化
編集部 海外ではどのように、対策がされていますか?
大塚 水素添加マーガリンの害が最初に指摘されたのはドイツです。水素添加マーガリンの発売開始時期・地域と、クローン病(腸の慢性炎症疾患)患者の出現時期と地域が一致したことがきっかけでした。現在はトランス脂肪酸の量によって製造が規制されています。
ほかにも、フィンランドやデンマーク、オランダでも、似たような対策がされています。
デンマークでは加工食品に含むトランス脂肪酸の上限値を最大10%としていたのを、2003年6月から2%までに改めています。 最も大きな反響を呼んでいるのはアメリカの対策でしょう。アメリカでは2006年から食品中のトランス脂肪酸の含有量の表示が義務付けられます。
編集部 欧米では消費者の大きな関心があるということですね。
大塚 欧米では今や、その加工方法や、トランス脂肪酸の含有量を確認してから買うのが、日常になっています
特にアメリカでは、肥満問題で脂肪の摂り方に気を使っていますからね。 米マクドナルドが、この問題で訴訟が起こされ、和解金約850万ドル(約9億円)を支払っています。揚げ物に使う調理油をトランス脂肪酸の少ない新タイプに切り替えると発表したのですが、実施が遅れ、その事実を公表したところ、消費者への告知が不適切だったと消費者団体CSPI※(アメリカ公益科学センター)らに告訴されたのです。
編集部 日本と欧米との差は何でしょうか。
大塚 一言で言ってしまえば、食生活の違いからでしょうか。本来の日本的な食生活では、トランス脂肪酸を含む食品を摂る危険性は低いものでした。
ところが、日本の若者の食生活も変わってきています。外食や加工食品に頼る傾向がますます高くなっていますから、アメリカのビジネスマンの食生活と比較して、内容的にどれくらい違うかは疑問です。
日本マーガリン工業界の見解では、日本人のトランス脂肪酸の平均的なエネルギー摂取比は0.7%で、これはWHOやFAO(国連食料農業機関)の合同専門協議会が提唱している摂取1%未満を下回っているので、問題はないといっています。 しかし、あくまで平均の数字ですから、過剰に摂取している人がいないとは言えません。
●日本でも早く対策と表示を
編集部 日本はまだまだ水面下の話題ですね。
大塚 EUでもアメリカでも、トランス脂肪酸の摂取を出来るだけ少なくするようにという、警告を発しています。トランス脂肪酸の危険性については、結論が出ているのです。
しかし、日本国内の公的な文書におけるトランス脂肪酸に関する記述は、非常に少ないのが現状です。 自然食品流通業者でも意外に認知されていないようですが、大手の食品メーカーでは、危険性が注目されています。2006年からのアメリカの表示義務を踏まえ、大手食品メーカーが動き始めたというところでしょうか。
編集部 これだけ健康に問題ありとされながら一挙に禁止できないのは、油脂の酸化が怖いということですね。
大塚 製造、流通、消費者それぞれの事情で、直ちに排除するのは難しいでしょう。社会的な影響への配慮を考えると、多くの食品が供給不可能に陥ることも明らかです。
一方、トランス脂肪酸に有害性があることは事実です。だからこそ、一刻も早く情報を開示し、含有量の表示義務などの対策を実施することで、消費者が選択できる環境整備の早急な実現を目指していくべきです。
まずは消費者にトランス脂肪酸の有害性を知っていただくことが大事だと考え、問題提起をしています。
編集部 関心を持つことが第1歩というわけですね。本日はありがとうございました。
※CSPI=コーデックスで安全基金が活動する国際消費者団体(IACFO)のメンバー
2005年5月1日発行 No.193
・「食事から放射能を抜いたら、「奇跡」が次々と起きた」(ウクライナ調査報告)
・「食事の改善で「発達障害」「うつ病」「総合失調症」が・・・」 ミネラル不足食品ばかりでは病気に罹る
・出版物一覧