日本の温泉文化を大切に
月刊誌記事から>野口悦男インタビュー(No.228)
聞き手:編集部
野口悦男氏:
温泉ジャーナリスト第1号。
かけがえのない温泉文化を後世に伝えるため「日本温泉遺産を守る会」を主宰。
「源泉かけ流し」は野口氏の造語。
編集部 「洗い場の石けんを含む排水を再循環させている温泉施設まである」と、以前、野口さんに実態を伺って衝撃を受けました。
そこまでいかなくても、温泉宿の約9割が、湯船のお湯を循環させているということですから驚きました。
温泉を名乗るなら源泉だけと思っていましたから…。
野口 今でもその実態は変わっていません。環境省が定めている温泉法では、湯船に1滴でも源泉を入れれば「温泉」と名乗ることができるからです。「天然温泉」という言葉も自由に使えます。
しかし、温泉の薬効成分は皮膚から浸透し、初めて効能を発揮します。
最近、「食品偽装」「再生紙の偽装」が問題になっていますね。承知の上で表示を偽るなら、偽装という言葉よりむしろ、「詐欺」という言葉のほうが適切でしょう。温泉も、お湯が源泉100%でないのに「温泉」と名乗るのは、「詐欺」だと、俺は思います。
湯量が少なければ湯船を小さくしてもいい、「100%源泉のかけ流しの風呂」があってこそ、温泉宿と名乗る資格があるのです。その上で、もし大きな湯船を併設したければ、源泉が100%でないことを表示すればいい。
外国からの観光客、特に東南アジアから、多くの人が温泉を楽しみにして来日しています。この方たちに、日本古来の本物の温泉宿のすばらしさを知ってほしいと思っています。
編集部 日本人でも、本物の温泉のすばらしさを知らない人は多いかもしれませんね。現に、温泉好きの私たちも野口さんから伺うまで、実態を知りませんでした。
ところで、最近、雑誌などで「温泉ソムリエ」という肩書きを見かけますが、これはどういった資格なのですか?
野口 彼らは素人です。ソムリエというと厳しい試験で選ばれているように聞こえますが、実は、赤倉温泉の遠間旅館に1泊すれば「認定」されるという、遠間旅館の営業戦略の代物。それをマスコミが利用しているだけなのです。
●健康でいるための“新”湯治
編集部 源泉かけ流しの温泉を知ったら、体が疲れてくると、「温泉につかりたい」って体が求めるようになりました。しかも、自宅の浴室ではゆっくりできないのに、温泉だと30分も入っていられます。
野口 38〜39℃の少しぬるめの湯に入って身も心もゆったりし、皮膚に薬効成分をじっくり浸透させれば、免疫力も高まり、リフレッシュできる。俺はこれを、「“新”湯治」と呼んで、おススメしています。
従来の「湯治」は、具合が悪い人が「温泉によって治療」することを指していましたが、これは、健康を保つための湯治です。
では、源泉かけ流しなら、どの温泉でもいいのかと言うと、そうでもない。温泉すべて身体に良いと考えたらそれは間違いで、1人ずつ体力、体調によって違います。
元気な人が「力があっていい」と思う温泉でも、体の弱い人にとってはつらいことがあります。
血管の弱い人などは、むしろ「冷え湯」と呼ばれる、長く入ることで体が温まっても、湯から上がるとすっとさめるタイプの泉質のほうがいいのです。,br>
細胞を活性化するには皮膚の表面を温めるのではなく、血管を温めます。もちろん、ずっと入りっぱなしでは体に負担がかかるので、途中で半身浴や足浴に変えたり、露天風呂へ移るなど、調節します。そして、十分温まって出てきたとき、体にポカポカと温かさが残る湯と、すっと汗が引く湯の2タイプがあるのです。
●温泉文化の未来を考える会を
編集部 「“新”湯治」には、温度、泉質に加え、宿選びも重要ですね。
野口 心身ともにリラックスすることが大事ですから、まず、自然に囲まれた環境の宿を選ぶこと。次に、プライバシーが保てる宿作りがなされていて、旅人が心地よく過ごせるよう、オーナーの細やかな心づくしがにじみ出ているような宿がいいですね。暖かい風が感じられるような宿です。俺は「旅籠の精神」と言っています。
形だけおしゃれな旅館や、マニュアル化したもてなしでは、心からほっとする安らぎが得られません。
編集部 食事も大切ですね。
野口 その土地で採れた旬のものを、伝統の料理法で調理して提供する。それが本来の姿です。豪勢でなくてもいいのです。旅とはその土地の空気に触れ、その土地の美味を味わうことだと思います。
旅籠の精神と、源泉を長年の経験やカンで管理する「湯守りの心」を持った宿。こういう宿を将来に残したいと考えて『温泉遺産』として認定して応援しているんです。
最近は、「温泉遺産が文化」だと、業界の人たちもいうようになってきました。みんな温泉好き、温泉を大事に守って、この文化を受け渡して行きたい。そう考えて42年間温泉に向かい合ってきました。
『温泉遺産を守る会』の仲間もいます。しかし、もっと輪を広げるために、さらに幅の広い「温泉文化を守り支えていく会」を作りたいと考えています。
編集部 長い目で見た温泉の未来を一緒に考えていく会ですね。ぜひ、若い人たちにもたくさん参加していただきたいですね。
それには、まず、野口さんを囲んで温泉のすばらしさを語っていただく会を、開いていきませんか。
野口 それはいい。ぜひよろしくお願いします。
2008年4月1日発行 No.228
温泉の文化と安心を考える会
『温泉の文化と安心を考える会』とは、野口悦男氏(1947-2008)の提案を伝えると共に、 温泉の文化を考え直し、安心できる温泉とは何かを考える会です。